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● 袋に包まれたレタス
スーパーで見るレタスは、ラップされていたり、袋に包まれていることが多い。
キャベツの場合、そのままで山積み販売されていることがある。
それはもともと強度があり、ちょっとやそっとのことでは、痛まないから。
でも、レタスはとてもやわらかくデリケートな野菜。
そのために、何かで保護しなければならない。
● 袋から出したとき
「スーパーで購入したレタスを家で、真っ先にすることは?」
こんな問いを向けられたなら、あなたはどんな答えを出すだろうか?
色んな人にその問いを向けてみると、次のような答えが返ってきた。
「そのまま、葉をとって、料理に」
「まずは洗います」
「虫がいないかをチェックします」
そして、その中である回答に驚かされることになった。
● レタス完璧説
「まずは、外側の葉を一枚とってから、中の葉だけを料理します」
その理由を尋ねたら、
「だって、汚いでしょ!何が付いているのか、わからないから」
目に見えぬ「雑菌」が体に悪さをするのから、そのような処理をするのだという。
● ホコリまみれのレタス?
もともとレタスは、畑で育つもの。
外にずっといるから、ホコリやごみが付いて、汚くなっているという考え。
確かに、外で栽培をしているのだから、
多少のホコリやごみは付いてしまうのかもしれない。
でも、スーパーで購入したレタスは、外葉をとってあるので、
そこからさらに1枚むいてしまうという意味は、
作り手の仕事を否定してしまうのではないだろうか。
● レタスの出荷は
レタスは畑である状態では、一番外側にある外葉をとってしまえば、すべて食べることができる。
この外葉はスーパーなどでは食べにくさと見た目から外されてしまう。
つまり、店に並んでいる状態は、「すべて食べられるもの」ということ。
それを汚いから言って、外してしまうのは、作り手に申し訳ないと私は思う。
● 畑に行くと
私が畑に出向くとき、必ずその畑で栽培されているものの、
作り手の目の前で、そのままの状態で食べることにしている。
何でも「生」で食べてしまう私。
ある人から、「ちょっとおかしいのではないか」といわれるほど。
これが私の信念。
さらに、そのことであることを、作り手に伝えている。
「生で食べられる野菜を作ってくれて、ありがとう!」っていう気持ちを伝えたくて。
● 学び取る
一生懸命育ててくれた人と食べられることへの感謝が合わさって、
購入したものはできる限り捨てずに、そのまま食べる野菜ソムリエ。
以前に、レタスを育てている作り手に言われたこと、
「外葉は、袋の代わりをしているから、まあ捨ててもいいけど、
汚いから中の葉も捨てるって感覚はワシにはわからん。」
● 汚いから捨てる
「中の葉も捨てれば、結局購入した人が不利益になるだけ。 本当は食べられるのにね。」
作り手の話が心を寂しくしたあの瞬間。
中の葉も捨てる人へ。
きゅうりやトマトだったら、どうなのだろうか?
それに加えてほうれん草は?
同じ野菜でも、レタスのような形をしていると、どんどん捨てられて、
捨てにくいものは、そのまま食べる。
これって、少しおかしいことではないだろうか。
形が違っても、同じ野菜。
だからこそ、同じように扱うべきと思う。
人の扱いも、人が違えば変わっていくなんて、ちょっと寂しい気がしませんか?
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