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Home > であいたび > 報道されなかった台風の傷跡



● 台風が直撃しなくても


平成16年10月10日。

台風22号は静岡県・伊豆半島に上陸し、関東地方を縦断して太平洋に抜けた。
最大瞬間風速67.6mを記録するなど、大きな被害がもたらした。

私自身は愛知県に住んでいるが、この台風でほとんど被害を受けることはなかった。
多少雨が多く降り、少し強い風が吹くなどで、愛知県は大した被害は無いものだと思っていた。


そんな時、以前にもお伝えした人(農家は30年で定年だよ)で愛知県の渥美半島にいらっしゃる農家さんから一通のメールが届いた。


そこには一枚の写真が添付してあった。

久しぶりのメールでココロが躍っていた。
たまに現場の写真を送ってくれることがある。
今はこんな感じで生育していますよと、お知らせをしてくれる。

自分の子供と遊んでいる姿や、一緒に収穫している風景など、
そこには農家の生活というものがイッパイ感じられるレターだ。

久しぶりに連絡があった友人の如く、嬉しい気持ちを感じることが出来る。


早速開けてみると、そこには現実ではないと思うほどの状況が映し出された。



一面が水の世界。これを撮影した人の気持ちが痛すぎる。



この写真で見えている場所は川ではない。
実はこの場所は畑がある土の上。

それなのに、一面湖のように水位が上がり、自宅の周りの畑はすべて水没している。


このたった一枚の写真から見えてくるものは、農家の悲鳴だった。


すぐに電話をかけて、状況を伺い、すぐに現地に入ろうと思ったが、引き止められた。
「まだ水が引いていないから」と。

「動けるようになってから来た方がいい」と言葉を受けて、1週間後に現地入りした。
そこで見たものはあまりにも酷い状況になっていた。


● 忘れ去られた町

台風というのは直撃をする地域は大きく報道される。

アナウンサーが必死になって現場からレポートをしてクーズアップされる。
そんな光景が各局一斉に流されるから、直撃しそうな地域に日本全国の人たちが
注意し、固唾を呑んで見守っている。

強風や高波などの被害は映像としてとてもインパクトがあり、強烈なものになる。

しかし、それ以外のところではまず報道されることがない。
今回のような被害が起こったとしても。


実際はこの台風で被害にあったのは直撃した地域だけではなかったのだ。


それよりも直撃していない地域が広範囲だったので、
報道できる余地がなかったのかもしれない。

ただ、今回の台風で一番の影響を与えたのが『雨』。
それも類を見ない大雨が最大の原因だったのだ。


渥美町の10月度の降水量を調べてみると669mm。


これは平年比で見れば、440%アップになる。
つまり毎年10月に降る4倍強も雨があったという事。

あなたには想像出来るだろうか?4倍強の雨の恐怖を。


● 生まれて初めてのこと



「浜風が鳴かなかったから、直撃はないとわかっていたが、
農家をやっていてここまで酷いのは初めてだよ」



力なく話す農家さん。私は何も言える状況ではない。


ここ渥美半島は回りが海という事もあり、
地元の漁師が伝える『台風の言い伝え』があるという。


それは『台風が直撃するときは、浜風が鳴る』のというもの。

それが鳴かなかったために気楽に考えていたが、
全く反対の状況になってしまったのだ。


台風は強風でなく、多くの雨を降らせた。

朝から降り始めて、地下水の水位が上がり、
井戸から溢れんばかりの状態になったという。


さらに悪いことが続いた。

この地域は農業が盛んだが、水資源という面はとても不利な地域だ。
農業を行なうためには水資源の確保が絶対条件となる。

そのためにダムを建設して、多くの水を溜めて農業用水として使うようにしている。
水は貴重な資源。雨が降れば、ダムの貯水率を増やすためにどんどん溜め込んでいく。


それが今回の台風の大雨は事情が全くちがっていた。


別の角度から撮影。手前の方が高いので、辛うじて助かっている。
あまりの大雨のためにダムが満水になり、溢れてしまう状態に陥り、今度はダム崩壊の危機に見舞われてしまったのだ。

水は欲しいが、ダムが崩壊するようなことがあれば、地域の農業がすべてダメになってしまう。

そこで急遽、ダムの水を放水することになったのだ。これが状況の悪化を後押しした。


既に農業用水が溢れんばかりになっている状態で、放水が始まった。


そして、あっという間に畑が水没した。



一面が水の世界。今まで土の世界だった場所が数時間で水の世界に変わったという。


「水位60cmくらいかな。どんどん畑が水没していった」


農家さんは淡々と話をしてくれた。
そんな光景を見ていた時の気持ちを考えると、とてもやりきれない。


「ただ見ているしかなかった」という。
自分が手塩にかけて作り上げていたものが水没する姿を見るほど酷なことがあるだろうか。


● 荒野の畑


「本当の戦いは水が引いてから。」


その言葉が示すとおり、水害の恐ろしさを目の当たりにした。


ずっと先まで荒野のような畑。水没した畑は本当に一部しか助からなかった。


「見てくれ。水に浸かってしまったところの苗はすべて全滅してしまっている。この畑で残っているのは植えつけた約2%程度しかないだろう。」



言葉を失った。目の前にあるのは荒野としか表現しようのない畑が広がっているのだ。
周りを見渡しても同様の状況の畑が点在している。


「苗は水に浸かっても、すぐに水が引けば何とかなるのだが、48時間以上浸かってしまうと腐ってしまう。」


悲しい現実を聞かされた。
それも苗を植えつけて、これから大きくしようと思っていた矢先の天災。


やった仕事がすべて無駄になった。


そして、さらに厳しい現実を私は突きつけられた。


● 生きる力を奪われる


「今回の大雨で全滅した畑や生き残った畑がある。その決定的な違いは畑の高さにある。」


静かに淡々と語るその口調に耳をしっかりと向け、一言一句聞き逃してはならない気がした。


「畑が生き残っている場所は盛り土をして、土台を高くした人たち。つまり畑に余分なお金をかけた人が生き残った。但し、普通はあまりしない。そんなお金があれば、他に使うから。


当然と言えば、当然だ。
この地域のように、同一の海抜なら、畑が高さの違いで何かが変わるものではない。

土を畑に入れるという事はその分、肥料を入れるなどのコストをかけて、
結果的に土台が高くなる。あまりコストをかけなかった人が被害を受けたことになったのだ。


「何が幸いするかは分からないが、まじめにやるのが一番だよ。それでも自分は土を入れていても、全滅したところはある。」


人間の力が及ばないところの領域だから、どうすることも出来ない。
自然の恐ろしさをまざまざと見せつけられた。


「まだ私はいい方。苗が腐っても、余分に苗を持っていたから、植え直しが出来る。しかし、近所の方の中には植え直す苗もなく、このままの状態で来年の春を迎えるしかないと言っている人もいる。そんな人はこの冬は日雇いに行くといっているが。


本来なら、順調に育てば秋冬からどんどんと色んな野菜が収穫できて、
農家の収入となるはずだった。

それが災害で一切の収入を得られる手段を奪われたのだ。


どうすることも出来ない。


ただ腐って何もない畑を見守るしかない人もいるのだ。


「私たちはまだ良い方と言ったが、それも本当に良いと言えるかどうかは難しい。この地域で苗を植える時期は10月5日くらいまで。それ以降に苗を植えたとしても、ちゃんと生育して状態の良いものに育つかどうかは全く分からない。」


「野菜には時期と言うものがある。その時期を外してしまうと上手く生育しない。だから、今植え直しているものも、ある意味賭け。畑を空けておくわけにはいかない。空ければ、空けた分だけ収入が得られないのだから。」



自分は何も言えなかった。ただ話しを聞くしなかった。


どれだけの事をこれから強いられるのだろう。どんなに頑張っても、それが結果として返ってくるかどうかは全く分からない。そんな道を今歩き出しているのだ。


● 野菜が高騰している裏側を見て欲しい

今、野菜が高騰している。
それは収穫できるものがないから値段が上がるわけで、意図的なものではない。

そこだけは理解して欲しい。

消費者も辛い時期のときは、生産者はもっと大変になる。
収入を得られる手段を絶たれたとき、あなたはどうするだろうか。


今年の冬は特に厳しくなりそうだ。
自分もいつも違う状態になっている。

毎日、色んな情報が錯綜し、一喜一憂をしている。
いや一喜十憂と言った方がいいだろう。

それでもやり抜かなければ。
農家さんと一緒になって、歩いていくしか道はないのだから。



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