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● 衝撃の告白
「牛は牧草を食べて育つが、その牧草を食べて、命を短くしている。」
私はオーナーの言葉を聞いても、意味がまったく分からなかった。餌を食べて、寿命が短くなるなんて理解が出来るわけがなかった。頭の中ではグルグルと色んな考えや思いが駆け巡っていた。
「ちょっと長話になりますから、場所を変えましょう。」
そう言うと牧場内にあるログハウスのレストランに案内された。このレストランでは牧場で育った牛の肉をステーキにしたり、バーベキューをするなど、牧場ならではの食べ方で楽しませてくれる。
そんなレストランでこれからある事実が語られようとしていた。
「私は牧場のオーナーとして30年以上も牛を見てきました。その牛を見ているとある事を伝えているような気がしてならないのです。」
オーナーはこれから語られる話を前に、コーヒーをゆっくりと一口飲んだ。
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● 牧草の作り方
「牛の餌は何でしょう?」
そんな問いが私に向けられた。私が「牧草」と回答すると、「確かにその通り」と即答する。しかし、その回答にはとても深い意味がある事をまだ知る由もなかった。
「牛は牧草を食べて育ちます。
しかし、多くの牧場ではその牧草は化学肥料を大量に使って作ります。」
全く知らない事実だった。草は牧草地であれば、勝手に生えてくるものだと思っていた。それが人の手間をかけてに作られるという事実は、自分の中ではショッキングだった。しかも、化学肥料を大量に使用しているという事実も。
● 経済を重視する牧草
化学肥料を使って、牧草を作る事とはどうなるのか?答えはいたってシンプル。経費をかけなくても牧草が生えてくるからだ。
化学肥料を使えば、生育スピードは格段に違う。例えば、一つの季節で2回収穫できるとすれば、3回も収穫できたりする。1回の投資で、回収できる量が違えば、経営という観点から見ればどちらを取るかは明らか。牛の餌はこうして作られていく。
しかし、その結果、ある弊害が発生し始めた。牛の働ける年数が格段に短くなってしまったのだ。
「今、北海道で飼育されている乳牛の働ける年数は、平均で3.6〜3.8年です。しかし、当牧場では平均で7年です。」
「2倍も違うのですか!?」。私は思わず叫んでしまった。
これだけ明らかな違いを生み出すものは何なのか。これから語られる牛の真実の姿を私は聞きたくなっていた。いや、聞かずにはいられなかった。
● 牛が牧草を選べない
一つ疑問があった。通常約4年ほどでその使命を終える牛たち。なぜ4年で使命を終えるのかが分からなかった。その答えをオーナーが明確に答えてくれた。それは私たち、人間に当てはめるととても悲しい事実だった。
「乳牛は若い牛ほど良質な乳を出します。ですから、年を取った牛をどんどん入れ替えるという考え方が一般的なのです。」
経営から考えれば、その方が断然効率的になる。年を取った乳牛は多くの乳を出さなくなるから、若い牛と入れ替えるやり方をすれば、より効果的。少ない投資で多くの利益を生むためには新しい牛をどんどん投入する。
しかし、それとは違い、この牧場では7年もの間、良質な乳を出せる事が可能なのだ。普通は約4年弱で、その使命を終える乳牛たち。何か特別なことをしているはずと思い、質問をぶつけてみた。
「この違いは餌の作り方が全く違うからです。私の牧場は化学肥料を使いません。肥料は牛が出す糞を発酵させて作った肥料をもとに、牧草を育てているからです。」
当たり前といえば、当たり前。人工的なものを大量に入れて作った牧草と違って、自然循環の中で作られている牧草はそれだけ乳牛にやさしいということなのだ。その結果として、元気に7年もの間、良質な乳を出してくれる。
「長年、牛を見てきて分かったことは、牛は化学肥料を使って栽培した牧草を食べようとはしません。牛は敏感にその違いを感じ取っているようです。」
牛には化学肥料を使った草とそうでない草を嗅ぎ分ける能力があるという。生き物は生きているために何が必要なのかを瞬時に察知する。それは人間より敏感で正確なセンサーが備わっているから。そうでなければ、生きていけない。そんな世界があるのを思い出した。
「しかし、お腹が減ってくるので、それしか餌を与えられないために、やむを得ず食べているというのが現状です。」
コストをかけていない牧草を自ら欲して食べているわけではない。自分が生きなければならないから、しかたなく食べている牛の気持ちを考えると、何も言えなくなった。「良薬口に苦し」ではなく、「悪薬口に苦し」。まさにそんな言葉を考えてしまうほどの事実があったのだ。
但し、これは序章の幕開けに過ぎなかった。
● 牛は人間の鏡
「牛は化学肥料で育てた牧草を食べない」という話を聞いて、ショックを受けていた。敏感に違いを感じ取る牛たち。しかし、それでも食べなければならない状況にいる牛たちには過酷な未来が課せられていた。
「化学肥料で育った牧草を食べた乳牛はある現象を起こします。それは、関節が腫れ上がり、爪がボロボロになって、最後には内臓まで痛めつけることになる。そして、命を終えてゆくのです。」
働けなくなる理由は、自らの体が病に侵されて、命を縮めていく。
生きていくために食べた餌で命を縮めるという事実を、もしかして知りながら食べているのだろうか。
食べない牧草を、食べて生きている牛たちの気持ちを思わず考えてしまった。
必死に働いて、気が付いたら死に直面している自分を見つめる気持ちを・・・。
そんな気持ちを察したのか、次にオーナーがこんな事を言い出した。
「牛の食べる量と体重は人間の10倍です。しかし、寿命は人間の10分の1以下。ずっと牛を見てきて、生き物の内臓の能力というものは、人間も牛も同じではないかと思うのです。」
牛は内臓を1回に人間の10倍を使用して、寿命は10分の1。
人間は牛の10分の1を使用して、寿命は10倍。
これほどの数字を見せられて、さらに現場の声を直接ぶつけられると反論する余地もなかった。それが真実であると確信したからだ。
● 牛は人間の映し鏡
「化学肥料で育った牧草を食べた牛と、そうでない牧草を食べた牛の平均年数は約2倍といいましたが、
これには環境や成育状況がありますので、はっきりと言い切れません。
でも、私が考えるにその違いは『食べ物』ではないかと。」
この牛の話を聞いて、私は「人間の映し鏡」だと思った。また、牛は自らの体を使って、私たちに警告を発しているようにも思う。俺達のようにはならないでくれと。
人間を見ても、昔に比べて栄養状態は格段に良くなった。しかし、その反面いろんな病気を引き起こすようになったのも事実だ。乳牛たちがその実験台になっているような気になってしまう。
この現状を見ていると現代人の将来はあまり良い未来が待っていないのかもしれない。
● 牧場の意味
コーヒーを飲みながらの話しはさらに深いものになっていた。
自分の頭の中と片手にはペンで書かれたメモ紙がいっぱいになっていく。少しも聞き漏らさずにしなければ、濃密な時間を過ごせない。自分の中で全く違うスイッチがまた入った。
「牧場というと牛しかイメージがないでしょうが、それは本来の意味からすると間違ったものなのです。」
牧場は牧場と思っていた私だったので、牧場の本来の意味自体が存在することさえ知らなかった。ただ、まるで禅問答のようなやり取りに面白さを感じていた。オーナーが私に何かを伝えたい。そんな思いがひしひしと感じられるのだ。
「牧場は牛を飼い、その牛が出した糞を肥料として、農業を行なうものなのです。それが経済のみを重視するようになって、農業と牧場が切り離された関係になってしまったのです。」
牛の糞が産業廃棄物として取り扱われて、どこも引き取り先がなく、その処理に困っているという報道を見たことがある。もともとは一緒だったのに、牧場と農業に分かれてしまったことによる弊害とは考えたこともなかった。
「牛を飼い、糞を肥料として農産物を栽培し、それを消費する。自然循環の中で生活をしていけば、これほど効率的なものはありません。」
リサイクルが叫ばれている中、この牧場はもっと前から自然と対話しながら生きていたのだ。
● 8年分の想いを込めて
「私たちは1つの畑で野菜を栽培すると、次に同じ畑で野菜を栽培するのは8年後なのです。」
「え!?8年後?」と驚きながら聞いても、「そうです」と返ってくる。1年は野菜を栽培して、それ以外の7年間は何をしているのだろう。「7年間は牧草地にしているのか」、「何しない荒野になっているのか」など、疑問が次々に湧き起こってくる。
「野菜を育てた後に、マメ科の植物を育てます。これは根が深く入る植物で、これが生育している状態で、そのまま畑を耕します。すると、深くまで入った根が枯れて、土に穴を開けます。これによって、土が柔らかくなるのです。」
「さらにその後、牛の餌となる牧草を作ったり、小麦を育てたりしながら、7年もの間を過ごしていくのです。」
実に壮大な話だった。牛に始まり、それから出る糞を使っての物語。都会に住む私の時間感覚とは異なり、ゆっくりと時を過ごしていく。一つの野菜を作るのに、8年間もかける。それは一瞬無駄なように思われるかもしれないけど、そこまで時間かけることに、意味がある。
その意味をあなたは知っているだろうか?
● 土が死んでいく
8年の歳月もかけて野菜を育てる理由には、日本の農業の歴史が深く関わっている。
では日本の農業とはどんなものだったのだろう。
日本農業は「化学肥料の農業」と言っていた人もいたほど広く使われてきた。安価で多収穫を可能にするので、爆発的に広がったのだ。その結果、ある事を引き起こした。
それは「農薬を使わなければ育たなくなってしまった」という事。
人間が生産量を重視したため、畑が持つ以上の力を求めた結果だった。無理をさせれば、どこかには問題が生じる。多く収穫したい。化学肥料を多用する。すると、生産量は増えていったけど、化学肥料をもっと使わないと野菜が出来なくなり、さらには弱々しい野菜が育つことになり、虫や病気にとても弱いものばかりになったからだ。そうして農薬の使用量が増えていった。
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このサイクルをずっと続けてきていたのが今の日本の農業。それに対して、この牧場は通常では考えもしない時間というものを使って、じっくりと育てていたのだ。
一般的な農業者であれば、同じ畑で毎年ずっと作り続けていく。そこで多く収穫することを目指して、どんどん化学肥料と農薬を使用していく。畑にはどんどん負荷がかかり、化学的なものに頼らないと、生育できなくなってしまう負のサイクルに翻弄されてしまっていたのだ。出口が見えない袋小路にいるとも知らずに。
こんな負のサイクルを断ち切るための、一つの解決方法として、さらに土地が必要だという。つまり、順番に野菜を育てる畑を変えていく方法を取っていたのだ。
「私たちは東京ドーム20個分の土地があって、今のサイクルが出来るのです。北海道だから出来ることもかもしれません。」
ちょっと言い方を変えれば、自慢話にも聞こえる。でもよく考えてほしい。それだけの土地があれば、もっと効率的なやり方をした方がいいはずだ。8年なんてかけずにその半分にすれば、単純に今の2倍にはなる。それをしない理由は自然が相手だからだ。
自然は急な動きには対応することは出来ない。
例えば樹を伐採したとした場合、もう一度同じ樹を育てようと思ったら、何十年後にもなってしまう。自然というのはそれだけ長い時間の中でしか対応が出来ないのだ。それを意図的に人間が短くすることで、どこかに弊害が起こっても当然ではないだろうか。
自然を攻撃すれば、そのしっぺ返しが必ず来る。
それは今の地球を見れば、誰でも分かること。
8年の歳月をかけるというのではなく、自然の中で育てるのであれば、それが理想な時間なのだ。
● チョコちゃんを振り返る
オーナーの話が終わり、深い思慮の中に自分はいた。チョコちゃんと遊んでいたときには、何も考えもせずに、ただ楽しく遊んでいた。
牛が教えてくれることは何も命の尊さだけではない。
まっすぐに見つめる目の力強さの中に、心の奥底まで見透かされていたような気になっていたが、本当に見透かしていたのではないだろうか。
そんな事を思っていたら、また「チョコちゃん」に会いたくなった。
遊んだ場所に行ったが、既にそこには姿がなかった。話を聞いてみると、牛舎に入れられて、ゆっくり休んでいるらしい。
「ありがとう」を伝えたかったけど、また次に来た時の楽しみにしておこう。今度、じっと見つめられたときには、自信を持ってココロの中を見せられる人間になっていたいと心に誓った。
● 牛たちが教えてくれたこと
オーナーの話しの中に、こんなものがあった。
「牛にも生きている意味がある」
その生き方を見ていると、人間と何ら変わらない。
「人間も化学的なものを多数食べて生きている。その影響で病気になったりしているのではないか。」
そんなことをチョコちゃんが伝えたかったのではと思うほど、衝撃が自分に走った。
もし、自分に牛と会話する力があったら、チョコちゃんは今の世の中を見て、どんな事を言うのだろう。
その答えを見つけに、また今年チョコちゃんに会いに行こうと思っている。大人になっているチョコちゃん。その姿を見て、何を思うかは分からない。だけど、またきっと何かを伝えてくれるような気がしている。
● あなたに聞きたい
乳が出なくなれば、その命が終わるという牛の運命。それも自分が食べたいものを食べたわけでなく、食べさせられた餌によって、命を縮める牛たち。
スーパーに行けば必ず販売されている牛乳。ダメになったら、捨てられる。こんなにも厳しい世界の中で生き抜いてきた牛たちの証が牛乳なのだ。
最後に一つだけ、あなたに聞いてみたいことがある。
あなたもダメになったら、捨てられる運命ですか?
(完)
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