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● 農家に定年はないのか


「農家は30年で定年だよ」


いきなりの言葉に私は戸惑ってしまった。

普通の人に、「農業に定年はあるのか」という質問をすれば、
100人中100人が、「定年は無い」と答えるだろう。

私もその1人だからだ。


死ぬまで現役。


この言葉がずっと当てはまると思っていた。


サラリーマン人生は必ず終わりがある。
今の世の中、60歳や65歳で定年をする。

ずっと働き続けてきて、第二の人生を歩んでいる人を見ると
お疲れ様といいたくなるもの。

30年といえば、考えればサラリーマン人生よりもさらに短い。
何故そんなことになるのだろう?

その人はこんな話をしてくれた。


「確かに言われているように定年はない。
 でも私たちにあるのは世代交代なのです。」



● 親が子供に託すもの

確かに農業をしている人は死ぬまでずっと現役で働くことが出来る。
しかし、よくその中身を見てみると、「働く」という言葉の意味が全く違うのである。

50歳と70歳の人を見てみると良く分かる。

体の動きや仕事量が全く違う。

20kgの肥料を持って、畑の中で歩きまわるのは70歳の人には辛い仕事になる。
それを50歳ではひょいひょいとこなしてしまう。


「年を一つ取れば、一つ仕事が出来なくなることを意味しているのです」


悲しいかもしれないが、それが現実なのだ。

年を取ることで動かなくなる。
毎年老いていく自分を見つめながら生きていく。

働くことは出来ても、昔のような仕事が出来ないという葛藤と
戦い続けなければならないのだ。


● 気がかりなこと

その中でもっと気がかりになるのが、子供のこと。

いつまでも親がいるということはない。
いつかは別れなければならないときが来る。

その時のためにも親がすることは子供たちが
この世の中で生きていけるための力を付けさせること。


農家が1人で生きていくためには色んな力が必要となる。
近所付き合いや取引先への挨拶、技術の向上、情報収集・・・。

どうしても毎日畑の往復になってしまうから、
視野が狭くなる可能性が高くなってしまう。

そのため、親は世間を知らせるために、
外に極力出すようにして、視野を広げるようにする。


「自分たちが築き上げたものを引き継ぐためにも、
 親がいつまでもでしゃばっていては、子供がひとりでやっていけなくなってしまう。
 だから何も言わずに少しずつ子供に渡していくのです」


● 30年後の姿を想像する


「25歳で結婚したとして、その次の年に子供が生まれて、
 30年後にはどうなっていると思う?」



そんな質問に対して、私の回答は
「お子さんが30歳になっていますね」


「そう。つまり、もう一人前の大人になっているということ。
 その前に全部子供に渡して、自分で生きていけるように
 してやるのが親の務めだよ」



あなたの老後はどうするのかと尋ねたら、


「子供と一緒に農業をするが、子供の言うことを聞いて、
 生きていくつもり」
と。


確かに農家は生きている限り仕事をすることが出来る。

しかし、その過程において、自分はいつかは体がいうことを効かなくなるから、
どこかのタイミングで子供の命令を聞いて、仕事をしていくようになる。


その前までは自分が息子に対して命令していたのに。


子供にすべてを託すときは寂しいのでは?と伺ったら、

「そうかもしれない。でもそれはそれでいいんじゃないですか」と
笑顔で話をしてくれた。



子供がそれだけ成長した証を自分の目で見られるという幸せを
すでに実感しているのだろう。

今、この方のお子さんは25歳。
すでに3人の子供の父親として一生懸命に頑張っている。


「もうすぐ30年になるから、早く渡さないと」


この言葉の裏側がとても切なく思えたが、
反対に幸せな気持ちを持っているという事も気づかされた。

親がそんな気持ちになっているということを、子供はまだ知らない。
それを知るのは自分が子供にすべてを渡すとき。


● 今を考える

この話を聞いて、農家という仕事がとても複雑なものに思えてしまった。
目の前にいる人がいつかはこの世からいなくなることを考えながら
仕事をするということはどうなのだろうかと。


自分とその方とはまだこれから長いお付き合いをする。


でもその息子とはもっと長い付き合いになるだろう。

毎年、その家族を見ていくことで成長と世代交代を目の当たりにしていく。
いつも変わらない笑顔の奥にはもっと深い幸せがあるのだとこのとき初めて知った。


農家は30年が人生。たった30年。

その中で次の世代を育て、生き抜く力を付けさせる。

あなたはどうだろうか?どんな考えで子供に接しているだろう。
ちょっと先の未来を想像してみると、どんなことが待っているのだろうか。

その未来が幸せになるために、
何をすべきが今から考える必要があるのではないだろうか。

そんな事をこの農家さんが教えてくれたような気がしてならない。

今、自分がすべきこと。それが自分にとって一番大切なものになった日だった。


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